#7 絶対やってはイケナイのに、絶対やってしまっているコト

みなさんこんにちは。

木のおもちゃ作家 あるみです。

いつもの仕事場、ちょっと移動して

ちょっとだけ景色のいい所に来ています。

第7回目ですね。

今日も話をしよう!

前回の続きですね。今日は。

自分をいじめること。

絶対やってはいけないことっていうことなんですけど、

自分をいじめることですっていうお話でしたね。

今しんどいなら、

絶対やってしまっている事っていうのが

自分をいじめることなんですけども。

そもそも何で自分のこといじめてるかって言ったら、

自分で自分のことをいじめてる

ということに気づいてないからなんですよ。

だからそのいじめるのをやめましょうって言う前に

いじめてるっていう事に気づいてください

っていうほうが前段階なんですね。

気付けば止められるじゃないですか。

だからまず自分をいじめるっていうことが

どういうことかっていうのを理解して

日常生活で無意識にやってることに、

気づけるようになる体質を作っていく

っていうプロセスです。

まずそこに気づかないと

やめようにも止められないんですよ。

自分でやってるって自覚がないからね。

だからまず自覚しましょう。

自覚するためには

その内容、

「どういうことが自分いじめなのか」

っていうことを理解しましょうっていうことですね。

で、どういう事・・・

まぁ、分かっていたらやっていないはずなので、

無認識でやってます。

簡単に言うと

自分を否定するっていうことなんですね。

無意識で自分のことを否定している。

否定するのは簡単ですからね。

あれ出来なかった、これ出来なかった、、は

完全に否定してますよね。

あれやりたかったのにできなかった。

どこにフォーカスしてるかですね。

できなかったと思うのは全然いいんですよ。

できなかった=×っていうオチなのか、

できなかった、でもここまで出来たって思える人なのか

できなかった、でもやろうとしたと思えるのか

って今、三つ言いましたけど、

あとの二つの思考回路だったら

そこそこしんどくはならないんですけど、

できなかった=×

ってやってるから、

もう本当しんどくなっていくって話です。

日々やってしまってると思うんでよ。

小さなことからね。

今日ここ掃除しようと思ったのにできなかったなぁとか

そんな小さなことから

何だろう、、

世間体に合わせてる自分とか

こうするべきなのに私はこうじゃないっていう

自分自身のこととか

そういうことの積み重ねなんですけども

その考え方が

どこから来てるのかっていうことを考えたら

できなかったとか

やるべきか

やらなきゃいけない

頑張るとか

にはならないはずなんですよ。

多分、例えば、

例えばですね

家の中が散らかってるていう状況で

大概の人は「片付けてない=×」

っていう風になるんですよ。

で、そこで、

じゃあなんで片付けなきゃいけないのかって

考えてみたら

家の中が汚いから

ですよね?

じゃ、家の中が汚かったらダメなんですか?

ってなったら、

だってみっともないじゃないですか

ですよね?

じゃ、誰に対してみっともないんですか?

とか、突き詰めていくと、

家の中が片付いていなければならないっていう基準が

絶対外から来ているんですよ。

他人とか世間とかが基準なんですよ。

今日は片付いてない

でも、いついつ片付ける

とか、

今日は片付いてないっていうか

別に片付いてなくても

我が家は回ってるって思えるとか、

だったら絶対×にはならないじゃないですか。

だけど自分以外のところから来ている基準で、

誰も見ていないのに

みっともないとか、

お客さんが来るわけでもないのに

恥ずかしいからって言って

全然自分と関係ないところ人の基準に当てはめて

できてない!

っていうことが多いです。

「べき」

ていう考え方は

必ず外の基準から来てるんですよね。

もし自分の中から出てきたら

「べき」

じゃなくて、

「したい」

になるんですよね。

本当にピカピカに片付いているのが好きだから、

「片付けたい!」

のはずなんですよね。

「綺麗に片付いた〜!気持ちいい〜!」

とかそういうことのはずで、

絶対、「べき」じゃないです。

自分の中で、

私片付いてるのは好きだから

綺麗にするべきっていうのは

もっともっとほじくっていた時に

自分の中の基準じゃないんですよ。

私、そういう私じゃなきゃいけない

っていうものに

とらわれているんですよ。

ほんとやりたくないのに、

私そういうふうに人に見られる。

結局外の基準なんですよ。

だから、

しんどいということは、

絶対

自分の中から出てきてない

っていうことにを知っておくとね

なんかしんどいなと思って

なんでこの作業嫌いなんだろう

と思った時に、

「私、本当はそう思ってないんだ!」

って気づくことができるんですよ。

その時に

ここからなんですけども

その時に

それでもやるのかどうか

って事なんですよ。

本当は自分で望んでないことなのに

やるべきだから

その気持ちは無視して

「やる」

のか、

「ホントは私、こんな事望んでないんだ」

と思って、

だったら別にやんなくてもいいや。

私もっと自分のできることやろ!

って思うのか。

そこで

丸がつくのかバツがつくのかの

分かれ目なんですよね。

その先に行くのはまだ難しいから

まず、

自分が望んでないっていうこと気づくっていう、

その習慣をまずはつけることです。

自分をいじめる事っていうのは、

要するに

自分が望んでないことを自分に強いるっていうことですよ。

否定っていうのが、そういう事なんですけど、

自分を強制労働させている。

行動も思考も。

とにかく、自分の基準じゃないのに、

自分を当てはめようとしているっているのが、

まず自分をいじめている原因なので、

その考え方は、本当に自分が望んでいるのか

っていう風に

一回立ち止まって、考える

っていうのを

習慣づけると、

望んでいるか、望んでいないかっていうのが

はっきりしてくるんですよね。

そうすると、

次の選択肢が絶対変わります。

私、誰のために、

家の中キレイにしようとしているんだろう・・とか

それが家族のためにやりたい!と思えるのなら、

絶対に

じゃないんですよ。

家族が気持ちよく過ごせるために

家の中綺麗にしておきたい

は、「たい」

じゃないですか。

こそに苦痛は伴わない。

だから

自分がやんなきゃって思ったことに対して

行動だけじゃなく、考え方もそうで、

考えなきゃいけないって

こういうふうに思わなきゃいけない

って思ってるのは、

本当に自分が望んでいることなのか

っていう、

一旦止まるクセをつけてみると

一瞬で判断がつくようになってくるんですね。

それは自分を客観的に見るというのの第一歩で

常に自分を客観視できると

本当ニュートラルに感情をもっていくことができるので

それの訓練の一個目だと思ってて

いつもそういう風に考える癖を

身につけたんです。私はね。

なので、それをまずやってみてください。

そうすると、気づきますから!

あ、いじめた!

って。

そこで、

そこからどうするかっていうのは、

また次のプロセスに入って行くんですけど、

まずそこに気付かないと次に進めないんですよね。

いじめてるっていうのが

無意識すぎて。

他人の基準すぎて、

本当に自分がどこにあるのかわからない

って状態が

自分のことをいじめてることなので

まず、

それは本当に自分が望んでることなのか

って考えてみてください。

1日やってみてください。

多分すごい安心感に包まれる思います。

とりあえずやってみてください。

騙されてないけど、

騙さたと思っていいですから

やってみてください!

はい。

ではまた次回お耳にかかりましょう 。

さよなら!

「たましいのおうち」について

木のおもちゃ作家、多胡歩未が、自身の経験から、子どもを亡くしたご家族が前を向いて生きていくための、家族の「かたち」を一緒に考え、オーダーメイドで作ります。

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