2-15:ただ、どこを向いて何をしたらいいのか分からなかっただけなのだ!

久しぶりに工房にいた。

すぐ近くにいながらも、

ずっと立ち入れないでいた。

何かがおかしいと言われたあの日から、

何もしたくなかった日々の間も

ずっと私を待ってくれていた。

あぁ、ここは私の居場所だ。

ここにいるのもまた、私。

私が私であっていい。

ここにいて、誰かのために制作をするということは、

私が最も私であるときなのかもしれない。

息子の「おうち」は、

作り始めたら、一気に完成した。

思い描いていた通りのものができあがった。

早く小部屋を満室にしてあげたくて、

完成を待っていた人達に声をかけた。

あちこちから、

息子への「想い」が届きはじめた。

ダンナさんも、娘も、

息子と「交流」ができるようになった。

周りの人達は、

息子の事はずっと心の中にはあるけれど、

それをどう表現していいのか分からずにいたのだと思う。

だからよく分からないうちに、

うやむやになって、

よく分からないうちに、

何も言わなくなって、

よく分からないうちに、

何もしなくなった。

忘れたかったわけでもなく、

なかったことにしたかったわけでもない。

ただ、

どこを向いて、

何をしたらいいのかが

分からなかっただけなのだ。

そんな事が、私の腑にすっと落ちた。

なんだ、みんな、

ちゃんと思ってくれてるんだ!

ものすごく安心した。

目に見えなくなってしまったからこそ、

ここにいる私達には、

「見える形」が必要なだけだったんだと。


「たましいのおうち」について

木工作家の多胡歩未が、自身の経験から、子どもを亡くしたご家族が前を向いて生きていくための、家族の「かたち」を一緒に考え、オーダーメイドで作ります。

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