20: 痛くて無声音の世界にいた

その日は日曜日だった。

分娩室へ運ばれて、

すぐに出産体制に入った。

集まってきた先生や助産師さんに

顔見知りの人がほとんどいない。

息子の足が出てきている

と先生が言った。

もう急いで出さないといけない。

この子は逆子なのだ。

私は、息子に蹴破られた痛みと、

陣痛マックスの痛みで、

自分の発している声が聞こえないほどだった。

先生が麻酔を打つのを、

私は他人事の様に見ていたけれど、

それが効いてくる前に、出口を切開をした。

その瞬間

痛みマックスを通り過ぎた。

やめろぉーーーーーー!!!

と叫んだのを覚えている。

私はもう完全に理性が飛んでいた。

知らない人ばかりの中で、

あらゆる激痛を受けている。

もう、何も見えなくなっていたし、

思考なんて消えていた。

私の叫び声を聞いて、

ダンナさんが入ってきた様だったけど、

声は聞こえなかった。

痛くて、無声音の世界にいた。

ふいに、

「多胡さん! 多胡さん!」

という大きな声が聞こえた。

振り向くと、

主治医の女医さんだった。

えも言われぬ安心感だった。

「あぁ、先生!!!」

と言ったのは覚えている。

先生は、うんうんとうなずいて、

出産体制に入った。

この瞬間、私はやっと理性を取り戻し、

周りの状況が目から耳から入ってくるようになった。

ダンナさんの声も聞こえた。

両親達は、戻って来ていて、

部屋にいるという。

もうみんな揃っているから大丈夫。


「たましいのおうち」について

木工作家の多胡歩未が、自身の経験から、子どもを亡くしたご家族が前を向いて生きていくための、家族の「かたち」を一緒に考え、オーダーメイドで作ります。

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